ジャッキーミッチェル(ベーブルースから三振を奪った少女)の伝説やwikiを調査【世界まる見え】

ジャッキーミッチェルベーブルースから三振を奪った少女)の伝説やwikiを調査【世界まる見え】

こんにちは!きさらんです。

2018年11月5日放送の【世界まる見え!テレビ特捜部】でジャッキー・ミッチェル(Jackie Mitchel Gilbert)さんが紹介されます。

なんとあの野球の神様と言われるベーブルースから三振を奪ったことがあるとのこと。

凄いですね。

しかも当時17歳だったそうです。

小さい時に少年野球で三振を奪ったとかではなく、プロ野球選手となったベーブルースから三振を奪ったらいしです。

そんな話は初めて聞きましたね。

それが今回【世界まる見え!テレビ特捜部 歴史が動いた瞬間SP】でその17歳少女ジャッキー・ミッチェル(Jackie Mitchel Gilbert)さん紹介されるそうです。

めっちゃ気になりますね。

番組は是非見たいと思いますが、その前にジャッキー・ミッチェルさんがどんな方なのか調べてみました。

ジャッキー・ミッチェルさんwikiプロフィール

そしてベーブルースから三振を奪った以外にも伝説が・・・

その伝説とは?

では早速、確認していきましょう。

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ジャッキーミッチェルwikiプロフィール

出典 :amazon

名前:ジャッキー・ミッチェル

英語:Jackie Mitchel Gilbert

本名:Virne Beatrice Mitchell

生年月日:1913年8月29日

出身地:アメリカ合衆国 テネシー州 チャタヌーガ

ジャッキー・ミッチェルさんは1913年8月29日にアメリカのテネシー州 チャタヌーガで生まれました。

そして1987年1月7日, アメリカ合衆国 ジョージア州 フォート・オーグルソープでお亡くなりになってます。

Virne Wall MitchellとDr. Joseph Mitchellとの間に生まれたジャッキー・ミッチェルさん。

正式な名前はVirne Beatrice Mitchellというそうです。

なんと歴史上たった2人しかいない女性プロ野球選手の1人です

女性プロ野球選手がいた事を始めてしりました。

びっくりですね。

ちなみにもう1人は1898年にレディング・コール・ヘイバーズ(Reading Coal Heavers)にいたLizzie Arlington選手です。

ジャッキー・ミッチェルさんは小さい時に父親に野球観戦に連れて行ってもらってそこで野球の基本やルールを学んだという事。

そしてジャッキーに投球を教えたのが隣に住んでいた隣人のダジー・ヴァンスさんです。

ダジー・ヴァンスさん、私も全然知らない人ですが・・・

調べてみるとメジャーリーグの投手でした。

しかも1955年にアメリカ野球の殿堂入りしている選手だそうです。

めちゃくちゃ凄い選手の投球を教えてもらったという事ですね。

ダジー・ヴァンスさんジャッキー・ミッチェルさんに投球を教え。

さらに『ドロップボール』まで見せたそうです。

『ドロップボール』は最近ではほとんど言いませんが、縦に曲がるカーブですね。

ジャッキー・ミッチェルさんたぶん17歳でドロップボールを投げれたんでしょうか?

たぶん投げれたんでしょうね。

ジャッキー・ミッチェルさん16歳の時にテネシー州チャタヌーガにある【Englettes】というチームに入ったそうです。

そしてチームのトレーニングキャンプに参加するために、ジョージア州アトランタに行きました。

そのキャンプ中にジャッキー・ミッチェルさんのピッチングがチャタヌーガルックアウトの社長兼オーナーであるJoe Engelの目に留まったという事。

その後、ジャッキー・ミッチェルさんはチャタヌーガルックアウトと正式に契約し歴史上2人目の女性プロ野球選手になりました。

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ジャッキーミッチェルの伝説が凄い!ベーブルースやゲーリッグも三振?

今回【世界まる見え!テレビ特捜部 歴史が動いた瞬間SP】で野球の神様ベーブルースから三振を奪った17歳少女として紹介されるジャッキーミッチェルさん。

実は三振に取っていたのはベーブルースだけではなかったのです。

そもそも歴史上2人しかいない女性プロ野球選手ってだけでも伝説ですよね。

しかもベーブルースを三振に打ち取ったという伝説を作ってます。

さらにベーブルースだけでなく他にもメジャーリーガーから三振をとってるとのこと。

本当に凄い選手ですね。

ジャッキーミッチェルさんが三振を奪ったのはメジャーリーガーの【ルー・ゲーリッグ選手】です。

ルー・ゲーリッグ選手は三冠王をはじめ、打撃タイトルを多数獲得し、歴代最高の一塁手と言われるほどの選手です。

ベーブルースにルー・ゲーリッグと一流のメジャーリーガーから三振を奪うとは本当に凄い17歳ですね。

ジャッキーミッチェルさんの伝説となる試合は1931年4月2日にテネシー州チャタヌーガで行われたニューヨークヤンキースとのオープン戦です。

先発はクライド・バルフートでジャッキーミッチェルさんは次に指名されて登板したそうです。

最初の打者はベーブルースです。

ベーブルースに対するジャッキーミッチェルさんの1球目はボールでした。

そして2球目と3球目は空振りで2ストライク。

そして4球目、ストライクで見事三振に打ち取りました。

この時、ベーブルースは2球目と3球目のあと審判にボールを確認するように言っていたそうです。

なぜならボールが揺れながら逃げるように曲がったからです。

なんとこの時ジャッキーミッチェルさんが投げていたのはシンカーだったのです。

この当時だとシンカーって魔球のように見えるんじゃないですかね?

ベーブルースが審判にボールを確かめるように言ってることから当時ではあまり見ないボールだったに違いありませんね。

そして次の打者はルー・ゲーリッグ選手です。

ジャッキーミッチェルさんはルー・ゲーリッグ選手を三球三振で打ち取りました。

この歴史の中で最も偉大な野球選手の2人から三振を奪ったことで有名になったそうです。

まさに伝説を作ったと言うことですね。

本当に凄い事ですね。

こうなるとジャッキーミッチェルさんがその後どうなったのか気になりますね。

女性プロ野球選手として活躍されたんでしょうか?

でも活躍されたならもっと有名になっているはずですよね。

そんなに有名になってない所を考えるときっと悲劇的なエピソードがありそうです。

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ジャッキーミッチェルのその後はどうなったの?

さてジャッキーミッチェルさんのその後はどうなったんでしょうか?

気になりますね。

ベーブルース選手とゲーリッグ選手を三振に打ち取ったジャッキーミッチェルさん。

その数日後に契約を無効にされたそうです。

野球委員のケネソー・マウンテン・ランディスが彼女の契約を無効したとのこと。

理由は野球は女子選手には過激すぎると言う事だそうです。

なんか無理やり理由ですね。

ですがジャッキーミッチェルさんチームをハウスオブデヴィッドに変えてプロで野球を続けたそうです。

最後まであきらめずにチームを変わって野球を続けたんですね。

その後、1937年にジャッキーミッチェルさんは引退されたとのこと。

そして23歳で野球をやめたジャッキーミッチェルさんはテネシーにある会社で働いたそうです。

メジャーリーグは1952年6月21日に女性がプロ野球選手になる事を禁止しました。

ジャッキーミッチェルさん、23歳での引退は早すぎる気がしますが、やはり当時だと偏見や差別的なこともあったんじゃないでしょうかね。

それでも伝説となる記録を残したジャッキーミッチェルさんは偉大な選手だと思います。

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